遠藤潔の活動報告

第十八代 遠藤宗家 遠藤潔

川村忠夫 伝統工芸士・武蔵野美術大学講師

2019年07月24日
遠藤 潔 第十八代遠藤宗家の曽祖父である大正天皇侍従の遠藤榮第十五代当主の妹あさと夫川村忠三郎川村家当主の長男忠夫は江戸時代から受け継がれている村上堆朱の伝統工芸士・武蔵野美術大学講師として、漆文化の普及活動に貢献した。

村上堆朱とは、堆朱には漆を塗り重ねるという意味がある。何度も漆を塗り重ね、その作成工程は10以上にも及び、天候、湿度によって作業が制限されるため、1ヶ月~2ヶ月もの月日がかかる。丹念に作られた天然素材のみを使った堆朱は親から子へ、子から孫へと代々引きついで使うことのできる丈夫でそして年数を経るごとに深いツヤをましていくという、職人の技が生きる伝統工芸品である。

村上市は古い城下町で、江戸時代に京都からきた漆工がその技法を伝えたのが堆朱の始まりとされている。歴代藩主もこの技法を奨励し、300年前には漆奉行なるものがおかれ、急速にその技術が発達した。また、当時江戸の村上藩邸に使えていた武士達もたしなみの一つとして木彫の技術を学び、これが故郷村上で発達していた漆塗と結びつき、今日のようなすばらしい木彫堆朱となった。江戸時代に始まる村上堆朱は、彫刻と、きゅう漆法(きゅうしつほう)に総合された芸術品で、その彫刻面細部の「きゅう漆法」には「指頭塗」により優良な国産漆を用い、また整形中、塗研ぎにも硬質の砥石を用いるなど、他に類を見ない高度の技術で工作されている。

経済産業省が指定する伝統的工芸品とは100年以上の歴史があり、ほぼ昔からの材料でほぼ昔からの 技法で生産されている195の産地の工芸品である。村上木彫堆朱は1976年(昭和51年)2月にこの指定を受け、伝産法(伝統的工芸品産業の振興に関する法律) により最初の伝統工芸士認定事業が行われた。伝統工芸士の認定は伝統工芸品産業振興協会(伝産協会)が、伝統的工芸品の高度な製作技術・技法 を将来に向けて継承するために、製造に現在従事し12年以上の実務経験年数を有し、原則として 産地内に居住している人に知識試験と実技試験を行い、伝産協会会長が伝統工芸士を認定している。 伝統工芸士は技術・技法の向上に努め、後継者育成事業や展示会等の製作実演などで産地事業の振興に参加、協力している。

川村忠夫伝統工芸士は、1984年(昭和59年)第3回伝統工芸士認定事業の塗り部門に富樫助次氏・鈴木一ニ氏・池野陽一氏・貝沼寅次氏と参加した。彫り部門は、坂部長蔵氏・佐藤長四郎氏。



■ 遠藤宗家
第五十代 桓武天皇を祖としながらも皇室を離れ、臣籍降下により平姓を賜る。遠藤姓の始まりは、遠江守(とおとうみのかみ=遠江国の国司の長官)に就任した藤原氏から起こったとされる。家紋は左三つ巴紋であり、「巴(ともゑ)」の起りには、武具である弓を射る時に使う鞆(とも)を図案化したもので、鞆絵とされている。その後、水が渦巻いているのに似通っているため、巴の字を当てたとされる。そのため、防火のまじないとされ、平安期の末期ごろから鎧瓦(軒先に葺く瓦)、車輿、衣服の文様に用いられた。遠藤左太夫を始祖とする遠藤宗家(旗本)は、甲賀百人武士。徳川将軍家 直参御目見得。明治元年(1868年)の明治維新以降、華族令の制定により明治十七年(1884年)に士族となり、十五代当主遠藤榮(大正天皇 宮内庁 東宮侍従)を経、現在、十七代当主寛(弁護士)に至る。