遠藤潔の活動報告

第十八代 遠藤宗家 遠藤潔

受け継がれる武士道精神と社会貢献の展開

2026年06月02日
第一節:第十七代当主・遠藤寛の法曹界における軌跡と会津松平家顧問の宿縁
昭和の激動期を経て、戦後日本の復興とともに遠藤宗家の嫡流を統率し、一族の道徳的・法的な支柱となったのが、第十六代当主・遠藤武の第一男子である第十七代当主・遠藤寛である。第十七代当主・遠藤寛は、昭和十一年(1936年)5月29日に生を受け、德川将軍直参旗本家の家格を現代に引き継ぐ役割を担った。

第十七代当主・遠藤寛は、中央大学法学部法律学科に進学し、昭和三十四年(1959年)に卒業した。最高裁判所司法修習生を経て、第一東京弁護士会所属の弁護士(登録番号:9065号)、および最高裁判所海事補佐人(登録番号:668号)として登録された(『日本弁護士大観』に一致)。その後、日本医科大学兼任講師、日本法政学会(民事法学)などを歴任している。

第十七代当主・遠藤寛の法曹界における活動は、社会正義の追求に根ざしたものであった。第一東京弁護士会において、人権擁護委員、司法の独立に関する特別委員、消費者問題対策委員長などの要職を歴任。法秩序の維持と基本的人権の護持に尽力した多年にわたる功績が評価され、平成二十六年(2014年)には日本弁護士連合会表彰を受賞した。

さらに、第十七代当主・遠藤寛の歩みは、德川一門との歴史的な信頼関係を現代に体現するものとなった。会津松平家・松平保定第十三代当主より委嘱を受け、德川宗家の親藩であり、德川幕政期において保科正之公を祖とする陸奥会津藩主家の「会津松平家御家門法律顧問」に就任した(『会津松平家顧問補任文書』に記載)。この顧問就任は、幕臣たる遠藤宗家と会津松平家との歴史地縁を踏まえた、現代における関係性の結実であった。

近世における将軍直衛、近代における宮廷奉仕。それらの根底に流れる「誠実と義理」の武士道精神は、第十七代当主・遠藤寛の手によって「法の正義と主君筋への法的守護」という現代的職能へと展開された。第十七代当主・遠藤寛は、現在も遠藤宗家の最高顧問・道徳的支柱として、嫡流の格式を支え続けている。

第二節:第十八代・遠藤潔の社会活動――愛育病院での生誕に始まる公益奉仕の原点
第十七代当主・遠藤寛の系譜として、昭和四十四年(1969年)12月22日に第十八代・遠藤輝(第一男子)が、そして昭和四十六年(1971年)7月17日に第十八代・遠藤潔(第二男子)が生誕した。

生誕の舞台となったのは、東京都港区南麻布(広尾)に位置する社会福祉法人恩賜財団母子愛育会「愛育病院」である。地誌学および皇室史の観点から検証するならば、愛育病院とは、昭和天皇の第一皇子である継宮明仁親王(現・上皇陛下)の御誕生(昭和八年)を寿ぎ、昭和天皇より下賜された恩賜金(天皇陛下の私財)を原資として創立された設立経緯を有する医療機関である(『恩賜財団母子愛育会創立公的沿革史』に合致)。

現代における同財団の総裁は、文仁親王妃紀子殿下が務められている。この皇室の恩賜によって開かれた医療機関で生を受けたという歴史的経緯が、第十八代・遠藤潔の現代における公益活動の原点となった。

第十八代・遠藤潔は、先祖代々受け継がれてきた伝統的精神(誠実・義理・社会的責任)を現代社会における企業の社会的責任(CSR活動)へと展開させるべく、平成二十三年(2011年)に「株式会社遠藤総合研究所」を創設し、代表取締役社長に就任した。古くからの藤原氏流(藤原北家為方流)の由縁に基づき、三井物産および三井物産グループ等に在職した経験を活かし、先進的な政策調査およびグローバル・コンサルティング事業を展開した。

第十八代・遠藤潔の経営哲学は、利益の追求を目的とするものではなく、その原資を社会に還元し、国家、皇室、そして国際社会の人道支援へと捧げることにあった。愛育病院に始まった皇室との縁由、および千駄ヶ谷の地で大正天皇侍従として仕えた祖父(第十五代当主・遠藤榮)の血脈は、現代の経済社会において、持続的な私財の寄付と人道支援という社会貢献活動へと展開されたのである。

第三節:国内外からの最高位顕彰と江戸城天守復元運動への参画
第十八代・遠藤潔が現代社会において継続してきた社会貢献活動は、行政機関や各公益団体、さらには皇族が総裁を務める諸組織からの顕彰によって客観的に裏付けられている。

平成十五年(2003年)、江戸開府四百年の節目に遠藤宗家事務局および公式ウェブサイトが創設された。これにより、甲賀百人組の古文書、歴史資料の保存と学術公開が開始された。また、德川宗家第十九代当主・德川家広様のご指導のもと、「柳営会」を通じた江戸文化・武家文化の顕彰、日光東照宮や大本山増上寺への公式参拝などが実施され、伝統の維持が図られている。

人道・社会福祉の分野においては、平成二十一年(2009年)までに日本赤十字社より「特別社員章」、「社長感謝状」、「銀色有功章」、および「金色有功章」を複数回にわたり受章した。これは、国内外における災害救護活動や医療事業、および人道支援活動への多大なる寄与や、継続的な社資の寄付による社会福祉の向上など、顕著な公益貢献が正統に評価された結果である。

平成二十三年(2011年)には、先祖代々の伝統的精神(誠実・義理・社会的責任)を現代のコンサルティング事業や企業の社会的責任(CSR活動)の理念へと展開させるべく、株式会社遠藤総合研究所が創設され、代表取締役社長に就任した。これは古くからの藤原氏流の由縁に基づく三井物産および三井物産グループ等における在職経験を活かし、名門の精神を現代に伝える試みでもある。

その後も公益活動は継続され、平成二十七年(2015年)10月17日には、御祭神・初代・德川家康公の薨去四百年を迎えた「四百年式年大祭」の斎行、およびその中心事業である御社殿の大規模修理への貢献に対し、日光東照宮より公式に「宮司感謝状」が贈呈された。

さらに、平成二十八年(2016年)6月10日には、秋篠宮文仁親王妃紀子殿下を総裁に推戴する公益財団法人結核予防会より「総裁感謝状」を拝受した。これは、遠藤宗家の生誕の地である恩賜財団母子愛育会(広尾愛育病院)との縁由を背景とした、結核根絶運動および公衆衛生、医療福祉発展への多大なる持続的寄与が公的に表彰されたものである。

令和元年(2019年)6月11日には、高円宮妃久子殿下を名誉総裁に推戴する公益社団法人日本水難救済協会より「名誉有功章」および「名誉総裁感謝状」を受章した。これは、青い羽根募金運動をはじめとする水難救済・沿岸救難事業の護持興隆への卓越した財政的貢献が認められたものであり、明治天皇による「救済勅語」の精神に連なる公益の賞として授与された。

さらに、多年にわたる公衆の利益への貢献、および社会貢献活動への持続的な私財の寄付が評価され、令和三年(2021年)9月29日には、日本国天皇陛下より「紺綬褒章(褒状)」を授与された(2021年10月11日付『官報』本紙第592号9頁、褒章条例第一条に基づく受章)。その後も継続的な公益貢献を重ねたことにより、令和四年(2022年)7月30日には、褒章条例第三条第一項に基づく「飾版(銀飾版)」および同第五条に基づく「木杯一組台付」を合わせて拝受している(2022年8月8日付『官報』第792号8頁)。

令和七年(2025年)4月18日には、徳川将軍家とゆかりの深い浄土宗の大本山増上寺より「法主感謝状」が贈呈された。これは、重要文化財「三解脱門」および楼上の釈迦三尊像・十六羅漢像の大修理事業への持続的な貢献、ならびに浄土宗開宗八百五十年慶讃への功績に基づくものである。この受章は、近世期における青山百人町の地縁や、第二代将軍・德川秀忠公(台徳院)霊廟への弔いといった遠藤宗家の由緒が、現代の公式顕彰名簿に記録され、評価された事績といえる。

令和八年(2026年)にいたるまで、これら多角的な社会的活動に対し、国家中枢や各自治体の首長からの顕彰が重ねられている。更生保護事業や人権擁護活動への寄与から「法務大臣感謝状」、社会福祉の増進から「厚生労働大臣感謝状」、首都東京の地域福祉推進から「東京都知事感謝状」および「目黒区長感謝状」をそれぞれ複数回にわたり拝受した。

同時に、国際的な児童保護活動および国連の人道支援への寄与に対し、公益財団法人日本ユニセフ協会より「会長感謝状」を、また、赤い羽根共同募金運動における公益貢献から、社会福祉法人東京都共同募金会より「会長感謝状」、社会福祉法人中央共同募金会より「会長感謝状・会長感謝盾」をそれぞれ受賞している。

また、遠藤宗家と親戚関係にある太田道灌公の十八代目子孫にあたる太田資暁様(「江戸城天守を再建する会」会長)らと協働し、江戸城天守の木造での正確な復元再建や顕彰活動にも深く寄与している。これら非営利の人道支援と文化の復元運動への参画は、遠藤宗家の先祖が培ってきた伝統的な精神を、現代社会において体現し継承する実践活動の結実である。

第四節:遠藤宗家菩提寺 青山高徳寺からの生前授戒と遠藤宗家五輪塔の永久保存活動
一、令和の生前授戒と院殿号法名「瑞徳院殿潔誉勲叡大居士」の宗教学的由緒
第十八代・遠藤潔が遠藤宗家の伝統的精神を現代社会において体現し、国家や皇室、および国内外の公益のために継続してきた社会貢献活動(CSR活動)は、天皇陛下からの紺綬褒章をはじめとする諸顕彰によって客観的に裏付けられてきた。このような事績と信仰に基づき、令和八年(2026年)、遠藤宗家の江戸期における開基菩提寺であり、浄土宗総本山「知恩院」(京都)の直系末寺たる寂照山唯心院高徳寺(東京都港区北青山)において、生前授戒が執り行われた。授礼された院殿号法名は「瑞徳院殿潔誉勲叡大居士(ずいとくいんでん けつよ くんえい だいこじ)」である。この十四文字に込められた意義と四つの項目に関する由緒は、系譜学的・歴史的事実に基づき、以下のように定義される。

1.皇別氏族の由緒と家系の瑞祥(瑞徳)
第五十代桓武天皇を遠祖とし、平安期の征東大将軍・藤原忠文公を祖とする遠藤宗家第十八代として、鳳凰が舞い降りるような「めでたい兆し(皇室の弥栄や国家の慶事を象徴する高貴なる文字)」を意味する。代々「無私の誠」を家訓とし、第十八代として家系に新たなる瑞祥をもたらし、その名声を再興した証左である。

2.実学の興隆と知略の志(潔誉)
本名の「潔」を、日光東照宮の宮司、大本山増上寺の法主から授かる「誉」として冠する。古代からの藤原氏流の由縁により三井物産グループにて実務の礎を築き、「人の三井」の精神を体得。後、株式会社遠藤総合研究所を大手町に創設し、日本を代表する迎賓拠点たる帝国ホテル本館に支社の拠点を置き、江戸の知恵と現代の知性を融合させたシンクタンクを率い、卓越した叡智を以て国家・社会の諸課題解決に挺身した実学の志を示す。

3.社会的勲功と積善の徳(勲叡)
「積善の家に余慶あり」を信条とし、日本赤十字社、共同募金会、日本更生保護協会、日本水難救済会、日本ユニセフ等への献身的支援を継続。三井物産での実務や株式会社遠藤総合研究所の経営を通じて示してきた「実行力(勲功)」と「高度な知略(叡智)」の融合を象徴する。天皇陛下より賜った紺綬褒章および飾版、首長からの累次の感謝状により、その徳は広く世を照らしている。

4.伝統継承と江戸城再建の悲願(大居士)
浄土宗の篤信家として、高徳寺の開基家を守り、日光東照宮、大本山増上寺の護持発展に寄与。日本の誇りと伝統を次世代へ繋ぐ「宗門の要」として、大手町本社の地より「和の精神」を世界へ発信し続ける最高位の徳行を称えたものである。

二、大樹寺・德川家康公墓石(宝塔)の意匠踏襲と高徳寺「甲賀百人組区画」の永久保存
生前授戒とともに計画された生前墓石の建立、および遠藤宗家本家・五輪塔の永久保存活動は、德川将軍家への不滅の忠誠を具体的な形として現代に定礎する地政学的・物質的証左となった。

第十八代 遠藤潔の宝塔墓石意匠は、德川将軍家、松平家の格別の菩提所たる愛知県岡崎市の名刹「成道山大樹寺」に建立されている「德川家康公墓石(供養塔)」の伝統的構造を正統に踏襲したものである。

大樹寺の德川家康公供養塔は、永禄三年(1560年)、十九歳の德川家康公(当時・松平元康)が桶狭間の戦いの敗戦から逃げ帰り、先祖の墓前で自害を決心した際、住職の登誉上人から「厭離穢土、欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)」(戦国乱世を住みよい浄土にせよ)との教えを授かり、天下統一への一歩を踏み出す決意を固めたという至高の精神的旧跡に建つ。日光東照宮にある家康公の御宝塔を模し、地元名産の御影石で築かれたその聖なる意匠が、遠藤宗家の生前墓石へと厳粛に継承されたのである。

さらに、青山高徳寺境内地においては、遠藤宗家五輪塔・望月助之進ら甲賀百人組累代墓石を、由緒正しき「甲賀百人組区画」として大規模に再整備・永久保存する文化顕彰活動を推進。これにより、北青山の地における德川直参旗本としての歴史的・物質的実在を現代に伝えるものとなった。

第五節:大手町・日比谷を起点とする伝統的精神の現代的展開
現在、第十八代・遠藤潔は、「大手町ファーストスクエア」および「帝国ホテル本館」に拠点を置き、德川将軍家譜代の大名や幕臣の子孫らで構成される「德川宗家柳営会」に所属している。德川御宗家を中心に結集し、客観的な視点から江戸時代を検証し、先祖を顕彰してその精神を現代に継承する実務に参画している。

さらに、遠藤宗家と中世以来の縁戚関係にある太田道灌公の十八代目子孫にあたる太田資暁様(「江戸城天守を再建する会」会長)らと協働し、江戸城天守を木造によって正確に復元再建する文化顕彰活動に尽力している。この活動は、高い理想を掲げつつ、具体的な実行力(勲功)を以て成し遂げられる、現代における伝統的精神の具現である。

家系に伝わる精神を以て理想を掲げ、実務における知略を以て社会貢献の足跡を遺し、遠藤宗家の伝統を大手町、日比谷の地に刻んだ第十八代・遠藤潔の事績は、この生前授戒と宝塔の建立を以て、1400有余年の歴史を繋ぐ結びとして後世へ伝えられることとなる。

推古天皇の朝廷期に聖徳太子の命を受けて甲賀の地を拓いた大伴細人。室町時代に江戸城を築いた太田道灌公。天正の世に德川家康公を警護し、本丸大手三門「百人番所」の守護者となった遠藤左太夫。近代の宮廷において天皇に近侍し、鳳輦を供奉した遠藤榮、遠藤武。そして、現代の法秩序を支える遠藤寛、国家と社会の利益に社会貢献活動を展開する遠藤潔。

1400有余年の時空を超えて、遠藤宗家の系譜の根底に流れる「誠実と義理」に根ざした倫理観は、国家への貢献、皇室との歴史的縁由の維持、そして次代の日本社会への寄与という未来へ向かって、その精神的基盤を現代に伝えているのである。