遠藤潔の活動報告

第十八代 遠藤宗家 遠藤潔

遠藤榮 大正天皇侍従

2018年03月01日
遠藤 潔 第十八代遠藤宗家の曽祖父である遠藤榮は、大正天皇の侍従職として側近奉仕に従事した。

大正天皇は、第百二十三代天皇。明治天皇の第三皇子。佐々木高行・曽我祐準らの教育を受け、また本居豊穎・川島毅から国書・漢書を学んだ。九条道孝の四女節子(貞明皇后)と結婚、裕仁親王・雍仁親王・宣仁親王・崇仁親王の四皇子を得た。文学を好み和歌・漢詩を能くした。即位後は健康がすぐれず、専ら療養生活を送り、皇太子裕仁親王が摂政の任に就いた。

侍従は、律令制における中務省所属の官人。天皇に近侍してその職務を補った。大宝令には、天皇の側近に常侍して正し諫め、「拾遺補闕」(遺れるを拾い、闕けたるを補う意)を任とすると規定する。これにより侍従を拾遺あるいは補闕とも称した。中務省に属し、従五位下を相当位とし、定員8人で、うち3人は少納言が兼帯すると定められた。

1869年(明治2)7月、宮内省の設置とともに侍従の官制も新しく制定され、正五位相当官となった。それまで天皇の周辺は、女官と一部の公卿によって固められていたが、そうした弊習を一新する宮廷改革の意図もあって、公家以外の、士族が選任された。75年侍講、77年侍補の制度ができ、侍従長、侍従とともに天皇の諸用、教養に奉仕することになった。86年改正宮内省官制で侍従長は勅任、侍従は奏任の官となる。現在は内閣府宮内庁の職員で、侍従長、侍従次長、侍従の3階級、および皇太子に近侍する東宮侍従がある。


■ 遠藤榮
遠藤宗家第十五代当主。大正天皇侍従。高徳寺檀家総代、甲賀稲荷神社氏子大惣代等を歴任。遠藤宗家の現墓所は、遠藤宗家 第十四代当主 遠藤市次郎(昭和七年四月十二日没)の三回忌(阿弥陀)である昭和九年七月吉辰に、第十五代当主 遠藤榮が建立。