遠藤潔の活動報告

第十八代 遠藤宗家 遠藤潔

栗原セイ 貞明皇后女官

2018年03月02日
遠藤 潔 第十八遠藤宗家の曽祖母である栗原セイは、大正天皇の貞明皇后女官職として側近奉仕に従事した。

貞明皇后は昭憲皇太后の後継者として、蚕糸・絹業を奨励し、自身も養蚕(皇后御親蚕)に取り組んだ。また、1931年(昭和6年)貞明皇后からの下賜金をもとに「癩予防協会」が設立された。毎年6月25日(貞明皇后の御誕生日)を含む一週間は、「ハンセン病を正しく理解する週間」が実施される。これは、ハンセン病の予防と患者の救済に尽力された貞明皇后の御誕生日に由来したもので、1964年(昭和39年)に定められた。

日本の律令女官制度は、男女ともに王権への仕奉を担った律令制以前(7世紀以前)の遺制を踏襲し、天皇の意思伝達・政務運営・日常生活への奉仕を中心的な役割として出発した。しかし、平安初期の9世紀には、皇后を頂点とする後宮制度の確立により、天皇に奉仕する存在から後宮の階層性のなかに位置づけられる存在なる。日本古代における貴族層女性は国家の権力・行政システムに参画するルートの一つに女官制度があり、その地位を通じて公的立場を維持した。

「女官」とは、大内裏において太政官以下の官司に勤務する男性官人に対して「内裏において後宮十二司に職掌を持つ女性官人」を指す。10世紀以後に発生した後宮十二司制度の解体後は、内侍司を中心とする「内裏に仕える女性官人」のことを指したとされる。


■ 栗原セイ
遠藤潔 第十八遠藤宗家の曽祖父である栗原鉚三石神井村村長夫人。栗原家は、石神井の有力地主。明治45年に発足した武蔵野鉄道(現西武池袋線)の開通に向け、石神井公園駅駅舎敷地の五千余坪を寄付し、鉄道敷設に賛意を表した旨の碑文を刻み、大正9年に造立された。現在、石神井公園駅 南口に「石神井火車站之碑」が建立されている。栗原家長屋門(現在も門として使用)は、練馬区観光協会ガイドマップの石神井公園の歩行ルートとして掲載されている。