遠藤潔の活動報告

第十八代 遠藤宗家 遠藤潔

伊藤正長 江戸鐔師初代(武州伊藤派)

2016年07月05日
遠藤 潔 第十八遠藤宗家は、武州伊藤派の末裔である江戸鐔師「彫銀」を起用している。

武州伊藤派である伊藤正長 江戸鐔師初代は、「公儀お抱え工」「将軍家鐔師」などの名人を多数輩出してきた。侍の町、江戸では参勤交代の武士達が土産品として格好の刀鐔を買い求め、日本各地に伊藤鐔が広まったとされる。特に実用の鉄鐔は幕末期においてその需要のピークを迎え、弟子の数も増加した。

日本の封建時代において日本刀はかつては武士(もののふ)の魂としてその腰を飾り、現代においても、世界に誇る美術工芸品として数多く残されている。中でも、備前長船、妖刀村正、虎徹は、代表的な日本刀の名称である。主君に忠誠を誓いストイックな生活を強いられた武士達は、魂である刀に装飾を施すことが唯一のお洒落であり、どんな作品の中にも当時の職人達の思いが込められている。

しかし、明治3年(1870年)の廃刀令以降は鉄鐔需要が激減していき、本所界隈に居を構えていた刀装金工達も徐々に刀装具以外の煙管、根付、簪、などの装身具を作るようになった。その頃、伊藤派九代目当主(正広)の分家である伊藤大次郎を祖とするのが現在の「彫銀」である。伊藤派伝統の鉄を刻む匠の技を脈々と受け継ぎ栄之助から今日まで三代を数え、金型、刻印などの精密彫刻分野では自他共に認める日本一の職人集団を形成している。その江戸伝統の技を刻み込んだ「彫銀」のアクセサリーは、現代逸品である。

江戸時代の小柄(こづか)笄(こうがい)縁頭(ふちがしら)、目貫(めぬき)などの刀装具は、鉄、銅、真鍮、金、銀などのあらゆる金属を使って製作しており、図案題材としては雲龍、昇龍を初め、唐獅子、鳳凰、虎などに象徴されるように「彫銀」が目指すところの江戸の粋が凝縮された素晴らしいレリーフが数多く残されている。


■ 伊藤正長
幕府抱え工となり伊藤派の創始者。伊藤派は江戸時代中期から末期にかけて大いに繁栄し、活躍した装剣金工一派。始祖伊藤正長は、江戸、小田原に拠点に活動をしており、そこの金工師たちが互いに往来して交流を重ね、技術の研鑽を実施。透し、鋤下彫り、肉彫り、象嵌、色絵などを駆使した華麗で精巧な作風が特徴で、桜、紅葉鉄線、菖蒲など草花をあしらった作品が特徴。主に江戸幕府や大名お抱えの鍔専門工として活躍。