遠藤潔の活動報告

第十八代 遠藤宗家 遠藤潔

益田孝 三井物産初代社長

2022年02月27日
遠藤 潔 第十八代遠藤宗家は、三井宗家との由縁により三井物産、三井物産グループに在職し、人の三井・自由闊達の精神「三井のこころ」である事業精神や先見性、創造性を学んだ。遠藤家と三井家の系譜は古く、家伝によると平安時代の藤原氏から起こったとされる。

遠藤宗家の先祖である甲賀組「鉄砲百人組」は、徳川将軍家の親衛隊として若年寄支配下(設立当初は老中支配、寛政の改革後に若年寄支配)として、4名からなる組頭の下に同心100名が配置されていたことから、百人組と称された。組頭は概ね3,000石、役料700俵が与えられ、幕府の中でも特に重職であったため、譜代大名扱いの徳川将軍家直参御見目得旗本とされた。

三井物産創始者である益田孝初代社長は、嘉永元年(1848年)佐渡国雑太郡相川町(新潟県佐渡市相川)で、代々、地役人である益田鷹之助の長男として誕生した。幼名は徳之進。

安政2年(1855年) 父の鷹之助は、徳川幕府幕臣に取り立てられ、新設の箱館奉行所に転任した。安政6年(1859年) 鷹之助が外国奉行支配定役に昇進。江戸詰(大名とその家臣が江戸の藩邸に勤務し、在府すること)と決まり、江戸に移住した。

益田孝初代社長も江戸に出て、ヘボン塾(明治学院大学)に学び、麻布善福寺に置かれていたアメリカ公使館に勤務し、ハリスから英語を学んだ。文久3年(1863年)フランスに派遣された父とともに遣欧使節団(第二回遣欧使節、または横浜鎖港談判使節団)に参加し、ヨーロッパを訪れた。

ヨーロッパから帰国後は、慶応元年(1865年) 英軍の調練に参加。翌年には、幕府陸軍に入隊した。騎兵畑を歩み、慶応3年(1867年)6月15日には旗本となり、慶応4年(1868年)1月 江戸城で徳川慶喜徳川第十五代将軍より騎兵頭並を拝命、幕府騎兵隊隊長に昇進した。しかし、同年4月江戸城は官軍に明け渡され、徳川幕府は終焉を迎えた。

慶応4年(1868年)5月 徳川宗家の徳川家達第十六代当主は、新政府から駿河静岡藩主(知藩事)として認められ、70万石の領主として駿河・遠江に入ることとなった。徳川将軍家直参御見目得旗本であった遠藤・益田両家は後に、遠藤宗家の遠藤榮第十五代当主は、大正天皇侍従、益田孝初代社長は、実業家に転身することになった。

益田孝初代社長は、明治2年(1869年)横浜の貿易商館ウォルシュ・ホール商会の事務員として、1年間に渡り商取引を経験した後、自ら中屋徳兵衛と名乗って輸出商を手掛けた。

しかし、仕事仲間から紹介された大蔵大輔(大蔵次官)である井上馨の勧めにより、明治5年(1872年)大蔵省に入省、造幣権頭となり大阪へ赴任し、旧幕時代の通貨を新貨幣にきりかえる任にあたった。翌明治6年(1873年)尾去沢銅山汚職事件から井上が下野すると、益田孝初代社長も続いて職を辞した。

翌明治7年(1874年)英語に堪能だった益田孝初代社長は、井上が設立した先収会社の東京本店頭取(副社長)に就任した。明治9年(1876年)中外物価新報を創刊。同年先収会社を改組して、三井物産設立と共に同社の初代総轄(社長)に就任する。三井物産では、綿糸、綿布、生糸、石炭、米など様々な物品を取扱い、明治後期には取扱高が日本の貿易総額の約2割占める大商社に育て上げた。

三井物産が設立されてからは、渋沢栄一と共に益田孝初代社長の幕府騎兵隊時代の同期生の矢野二郎(商法講習所所長)を支援したため、物産は多くの一橋大学出身者が優勢を占めた。

三井内部では、工業化路線を重視した中上川彦次郎に対して、商業化路線を重視したとされている。さらに、三井財閥総帥であった中上川の死後に実権を握ると、中上川により築き上げられた三井内の慶應義塾出身者を中心とする学閥を排除することを表明し、中上川の後継者と目されていた朝吹英二を退任させ、三井財閥総帥には團琢磨を、三井銀行には早川千吉郎を充てた。

また、工部省から三池炭鉱の払下げを受け、明治22年(1889年)「三池炭鉱社」(後の三井鉱山)を設立、團を事務長に据えた。明治33年(1900年)台湾製糖設立。大正2年(1913年)三井物産を辞任。大正7年(1918年)男爵に叙される。昭和13年(1938年)死去。墓所は、護国寺にある。

遠藤 潔 第十八代遠藤宗家の歴代社長との由縁は、益田孝 三井物産創始者(徳川将軍家直参御見目得旗本)、江尻宏一 郎 第六代社長(グラフィック会友)、熊谷直彦 第七第社長(日本ポルトガル協会会友)、上島重二 第八代社長(母方縁戚)、清水慎次郎 第九代社長(徳川記念財団、日本ポルトガル協会会友)である。

※画像:幕府遣欧使節団(最前列左から二人目:益田鷹之助、その左斜め後:益田孝)


【 概 要 】
商 号:三井物産株式会社
    (英文名 MITSUI & CO., LTD.)
設 立:1947年(昭和22年)7月25日
代 表:代表取締役社長 堀 健一
資本金:342,383,728,984円 (2021年9月30日現在)
従業員:5,587名:連結従業員数44,509名(2021年3月31日現在)
事業所:事業所数: 130拠点 / 63ヶ国・地域
本 店:〒100-8631 東京都千代田区大手町一丁目2番1号
業 種:総合商社


■ 三井物産株式会社
三井グループの大手総合商社。三井不動産、三井銀行(三井住友銀行)と並ぶ『三井新御三家』。日本初の総合商社。歴史上、まだ商事会社という日本語すら無かった明治初期に、あらゆる産品の貿易を手掛ける世界に類を見ない民間企業として発展した。「総合商社」と称される企業形態の原型。鉄鉱石、原油の生産権益量は商社の中でも群を抜いている。通称は物産。日経平均株価、TOPIX Core30、JPX日経インデックス400の構成銘柄の一つ。